『鬼狐伝』について
『鬼狐伝』は、中国清代を代表する文豪・蒲松齢(ほしょうれい、1640-1715)が著した古典怪異小説集『聊斎志異(りょうさいしい)』から厳選された物語を、現代の日本語読者のために美しく翻訳した作品集です。蒲松齢は生涯をかけて民間に伝わる奇異な物語を収集し、それらを文学的に昇華させた稀代の作家として知られています。
本作品集に収録された物語は、妖怪、幽霊、狐の精、仙人など、超自然的な存在と人間との交流を描いた幻想的な世界が特徴です。「考城隍」では、科挙の受験生が冥界で城隍神に任命される不思議な体験を通じて、善悪の本質について深く問いかけます。「耳中人」では、道教の修行者が耳の中から現れた小人に翻弄される奇妙な出来事が描かれ、修行の危険性と人間の欲望について警鐘を鳴らします。
「死体の異変」は、宿屋に泊まった旅人が死体に追いかけられる恐怖体験を生々しく描写し、中国の民間信仰における「僵尸(キョンシー)」伝説の原型を垣間見ることができます。「水を噴く老嫗」では、荒れ果てた屋敷に潜む妖怪の恐ろしさが描かれ、読者を戦慄させます。「ひとみの中の人の話」は、軽薄な行いをした書生が失明の罰を受けながらも、仏教の修行を通じて奇跡的な回復を遂げる物語で、因果応報と救済の思想が織り込まれています。
そして「壁画」では、寺院の壁画に描かれた天女の世界に迷い込んだ書生の幻想的な体験が描かれ、現実と幻想の境界が曖昧になる不思議な感覚を読者に与えます。これらの物語は、単なる怪談としてだけでなく、人間の欲望、道徳、因果応報、そして超越的な世界への憧憬といった普遍的なテーマを扱っており、現代の読者にも深い感銘を与える作品となっています。
本サイトでは、原文の持つ文学的な美しさと、物語の持つ奥深い意味を損なうことなく、現代日本語で読みやすく翻訳された全文を提供しています。各物語には詳細な注釈も付されており、中国古典文学の世界をより深く理解することができます。幻想と現実が交錯する不思議な世界へ、どうぞお入りください。
収録物語
考城隍
宋公、諱は焘、邑の庠生なり。ある日、病に臥せていると、役人が公文を持ち、白い額の馬を引いて来て、「試験にお越しください」と言った。公が「試験官はまだ来ていないのに、どうして急に試験が?」と言うと、役人...
耳中人
譚晋玄は、邑の諸生(秀才)なり。導引の術を篤く信じ、寒暑とわず修練を怠らなかった。数ヶ月行ううちに、何かを得たかのような気がした。ある日、ちょうど趺坐(ふざ:結跏趺坐)していると、耳の中から蝿のごとき...
死体の異変
陽信県の或る翁は、邑の蔡店の者であった。村は城から五、六里離れており、親子で街道沿いに宿屋を営み、行商人を泊めていた。数人の車夫が往来し、荷物の運搬販売をしては、よくその家に宿を取った。ある日の暮れ方...
水を噴く老嫗
萊陽の宋玉叔先生が部曹(中央官庁の官吏)であった時、借りていた邸宅はとても荒れ果てていた。ある夜、二人の婢が太夫人に付き添って母屋に宿っていたところ、庭内から「ぷつぷつ」という音が聞こえてきた。まるで...
ひとみの中の人の話
長安の書生、方棟は、かなりの才名があったが、軽薄で儀礼や節度をわきまえない男であった。道端で遊び歩く女性を見かけると、いつも軽々しく後をつけ回した。清明節の前日、偶然、郊外を歩いていると、一台の小さな...
壁画
江西の孟龍潭と、朱という孝廉(挙人)が、都に客居していた。ある時、たまたま一つの寺(蘭若)に入った。本堂も僧房も、どれもあまり広くはなく、ただ一人の老僧が袈裟を掛けて(掛褡)そこに住んでいるだけだった...
やまのおに
孫太白が、その曾祖父が南山の柳溝寺で学問していた時の話として、こう言ったことがある。曾祖父は麦秋(収穫期)に里に帰り、十日ほど経って寺に戻った。書斎の戸を開けると、机の上には塵が積もり、窓の間には蜘蛛...
屍変(死女)
沈麟生の云うには、その友人の或る翁が、夏のある日、昼寝をしていた。朦朧とした間、一人の女子が簾をかき分けて入って来るのを見た。白布で頭を包み、喪服(縗服)に麻の裙(スカート)をはき、奥の部屋へと向かっ...
妖物を捕らえんとする話
孫という翁は、元来、胆力が据わっていた。ある日のこと、昼寝をしていると、何者かが寝台に登って来るような気配がして、体がゆらゆらと揺れ、雲霧に乗っているかのように感じられた。(翁は)ひそかに思った、ひょ...
長山の安翁
長山の安という翁は、生来、農作業を好んで行った。秋になって蕎麦が熟すと、刈り取って畦の畔に積み上げておいた。ちょうど近村に作物を盗む者がいたので、小作人に命じて、月明かりを頼りに車で運ばせ脱穀場へ移す...
妖異の邸宅
長山の李公は、大司寇(刑部尚書)の甥である。その邸宅には多くの妖異が現れた。かつて広間(廈)に春凳(長椅子)があるのを見た。肉紅色で、とても長くつややかであった。李公の家には以前このような物はなかった...
王六郎
許という姓の者は、淄川の北郊に住み、漁を業としていた。毎夜、酒を携えて河辺に行き、飲みながら漁をした。飲む時には必ず地面に酒を洒(そそ)ぎ、祝って言った。「河中に溺れた鬼も、どうか飲んでください」。こ...
桃を盗む
私が子供の頃、府の試験(郡試)を受けるために出かけた時、ちょうど春節(旧正月)に当たっていた。昔からの習わしで、節の前日、さまざまな商人たちが、色とりどりの楼閣(山車)を作り、鼓吹(音楽)を鳴らして藩...
種梨
ある田舎者が町で梨を売っていた。梨はとても甘く香り高く、値段も高騰していた。一人の道士が、破れた頭巾に綿のぼろを着て、車の前で施しを請うた。田舎者は彼を叱りつけたが、去ろうともしない。田舎者は怒って、...
崂山道士
ある邑に王生という者がいた。兄弟の中で七番目で、旧家の息子である。若い頃から道を慕い、崂山に仙人が多いと聞き、笈を負って遊びに行った。山の頂上に登ると、幽玄な観宇があった。道士が蒲団に坐り、白髪が襟ま...
长清僧
山東の長清県に僧があった。道行いは高潔で、八十余りの年齢にもかかわらず、なお健やかであった。ある日、転倒して起き上がれず、寺の僧が駆けつけて救おうとしたが、既に円寂していた。僧は自ら死んだことを知らず...
二青
東郡の某甲は、蛇を使うことを業としていた。かつて飼いならした蛇を二匹持っていたが、いずれも青色であった。大きい方を大青と呼び、小さい方を二青と名付けた。二青の額には赤い点があり、特に霊敏で飼いならされ...
胡氏兄弟
胡田村胡姓者,兄弟采樵,深入幽谷。遇巨蟒,兄在前,为所吞,弟初骇欲奔,见兄被噬,遂怒出樵斧,斫蟒首。首伤而吞不已。然头虽已没,幸肩际不能下。弟急极无计,乃两手持兄足,力与蟒争,竟曳兄出。蟒亦负痛去。视...
拳母锥儿
真定の辺境に孤児の女があり、年は六七歳にして、夫の家に養われた。二三年同居して、夫は誘い交わり、孕んだ。腹が膨れて病気と思い、母に告げた。母曰く、「動くか?」曰く、「動く」。益々異なる。然れどもその年...
犬奸
青州の賈某は、客として外地に滞在し、常に年を経ても帰らなかった。家には一頭の白犬を飼っており、妻はこれを引き寄せて交わり、習慣となっていた。ある日、夫が帰り、妻と共に寝た。犬が突然入り込み、床に登り、...
雹神
王公筠倉は楚の地に赴任し、龙虎山に登って天师に謁見しようとした。湖に至り、舟に上がったところ、一人が小艇を駕って来て、舟の者に通達をさせた。公はその人を見ると、容貌が修長で雄偉であった。その人は怀中か...
殷天官
歴城の殷天官は、若い頃貧しく、胆力と才略に富んでいた。同郷に旧家の邸宅があり、数十畝にわたり、楼閣が連なっていた。しばしば怪異が見られたため、廃れて住む人がなくなった。時が経つにつれ、蓬蒿が次第に生い...
冥狱
張某が急死し、鬼使に連れられて冥界に至り、冥王に謁した。冥王が簿籍を調べ、鬼使が誤って捉えたことに怒り、送還を命じた。張は退き、密かに鬼使に懇願し、冥界の牢獄を見学したいと請うた。鬼は九つの冥界を案内...
画皮
太原の王生が早朝に歩いていると、一人の女郎が包みを抱えて独り走っており、歩くのが大変そうだった。急いで追いかけると、十六歳ほどの美しい娘であった。心に愛しく思い、なぜこんな早朝に独りで歩いているのかと...
嬰寧
王子服は莱陽の人である。早くに父を亡くし、非常に聡明で、十四歳で秀才となった。母は彼を最も愛していた。上元節の日、従兄弟が来て、一緒に遊びに行こうと誘った。夜明けになってようやく帰宅した。母が尋ねると...
聂小倩
寧采臣は浙江の人で、性格は慷慨で爽やかであり、廉潔を重んじていた。いつも人に言っていた。生涯、二心を持ったことはない。たまたま金華に赴くことになり、北郭に至り、蘭若に荷を解いた。寺の中の殿塔は壮麗であ...
陆判
朱爾旦は字を小明といい、陝西の人である。若い頃から豪放で、交遊を好んだ。たまたま郡城に至り、一人の人に出会った。年は四十余りで、立派な髭と偉大な容貌を持ち、大いに慕った。旅舎に招き、款洽して大いに歓ん...
罗刹海市
馬驥は字を龍媒といい、商人の子である。容姿が美しく、若くして倜儻で、歌舞を好んだ。いつも梨園の子弟と共にあり、錦の帕で頭を纏うと、美しいこと好女のようだった。そのため慕う者が頗る多かった。たまたま海商...
席方平
席方平は東安の人である。父の名は廉といい、人となりは謹厚だった。里に富室の羊氏があり、性は豪横だった。田の境界を争い、羊は郡吏に賄賂を贈り、廉は笞で責められ、忿恚して死んだ。方平は父が非命に死んだこと...
促织
宣徳年間、宮中で蟋蟀の戯れが尚ばれ、歳ごとに民間に徴した。この物はもともと西の産ではない。華陰の令が上官に媚びようと欲し、一頭を進め、試しに闘わせると才があったので、常に供するよう責めた。令はこれを里...
葛巾
常大用は泰安の人である。たまたま郡に至り、旅舎に装を解いた。時はちょうど下午で、一人の少年が来るのを見た。年は十七、八歳ほどで、衣冠は楚楚として、豊采は甚だ都だった。自ら言った。姓は衛、字は葛巾。大用...
小翠
元豊九は太原の人である。性は迂訥だった。年は二十余りで、生を治めることができなかった。その妻の兄の王氏が、娘を字した。娘の名は小翠といい、才姿双絶だった。元豊九はこれを聞き、喜んで自ら勝てなかった。た...
鴉頭
王文は字を子美といい、長山の人である。若くして倜儻で、妓と狎れるのを好んだ。邑に妓で鴉頭という者がおり、姿容は甚だ麗しかった。王はこれを悦び、往来すること甚だ稔だった。鴉頭も王の才を愛し、相得ること甚...
連城
喬生は晉寧の人である。少ない頃から聡慧で、十歳で文を能くした。父母は早く亡くなり、叔父に依って居た。叔父はこれを愛し、子と同学させた。同学に史氏の子がおり、名は連城といい、また聡慧だった。二人は相得る...
阿宝
孫子楚は山東の人である。少年で英俊、才学は人に過ぎた。年は十八で、京に赴いて試に応じた。途中一つの村を経ると、一人の女子を見た。年は十六、七歳ほどで、容貌は絶世だった。孫は心が動き、僕に探らせた。僕が...
香玉
黄生は字を生といい、膠州の人である。性は孤僻で、人と交わるのを喜ばなかった。家には園があり、花木を多く植えた。中に牡丹が一株あり、高さは丈余りで、花の時は璀璨として錦のようだった。黄生は毎日その下に坐...
竹青
魚容は字を若皋といい、長山の人である。少ない頃から聡慧で、詩賦を工みにした。年は十八で、京に赴いて試に応じた。途中一つの寺を経て、入って憩った。壁間に詩があるのを見ると、字画は倶に佳かった。魚生はこれ...
鳳仙
劉赤水は膠州の人である。少ない頃から倜儻で、剣術を好んだ。年は二十で、四方を遊歴した。一つの山中に至り、一つの道観を見て、入って憩った。一人の女子を見ると、年は十七、八歳ほどで、容華は絶世で、内から出...
紅玉
馮相如は字を夢龍といい、済南の人である。少ない頃から聡慧で、詩文を工みにした。年は十九で、京に赴いて試に応じた。途中一つの村を経て、旅舎に投宿した。夜半、隔壁に女子の泣声があるのを聞いた。馮生は起き、...
白秋練
慕蟾宮は字を仙客といい、江南の人である。少ない頃から聡慧で、詩賦を善くした。年は二十で、京に赴いて試に応じた。途中一つの湖を経ると、湖中に女子がおり、舟に乗って来るのを見た。女子の容華は絶世で、年は十...
青鳳
耿去病は字を無忌といい、太原の人である。少ない頃から豪俊で、騎射を善くした。年は十九で、四方を遊歴した。一つの山中に至り、一つの道観を見て、入って憩った。一人の女子を見ると、年は十六、七歳ほどで、容華...
黃英
馬子才は字を君実といい、昌邑の人である。性は孤介で、栄利を慕わなかった。家は貧しく、菊を種えて自給した。ある日、兄妹二人が来た。兄は陶三郎といい、妹は黄英といった。自ら菊を種えるのを善くすると言い、馬...
綠衣女
于江は字を去華といい、膠州の人である。少ない頃から倜儻で、遊俠を好んだ。年は二十で、四方を遊歴した。一つの山中に至り、雨に遇い、一つの洞に入ってこれを避けた。洞中に女子がおり、年は十八、九歳ほどで、緑...
花姑子
安幼輿は字を小惠といい、直隷の人である。性は癡で、人事を解さなかった。父母は早く亡くなり、兄嫂に依って居た。兄嫂はこれを待つこと甚だ薄かった。安生は毎日園中に至り、花に対して独り坐った。ある日、一人の...
荷花三娘子
宗湘若は字を子美といい、南陽の人である。少ない頃から聡慧で、詩賦を工みにした。年は十九で、京に赴いて試に応じた。途中一つの湖を経ると、湖中に荷花が盛んに開いているのを見た。宗生はこれを愛し、僕に舟を泛...
白蓮教
徐鴻儒は字を子翔といい、山東の人である。少ない頃から聡慧で、弁論を善くした。年は二十で、四方を遊歴し、一つの村に至り、一つの寺を見て、入って憩った。一人の僧を見ると、年は五十余りで、談吐が不凡だった。...
狐諧
孫必振は字を震東といい、淄川の人である。性は豪爽で、酒を飲むのを好んだ。家は貧しく、常に酒を得られなかった。ある日、客が来訪し、自ら姓は胡、字は狐諧と言った。孫生はこれを延べ入れて坐らせ、款洽して甚だ...
嬌娜
孔雪笠は字を子仙といい、曲阜の人である。少ない頃から聡慧で、詩賦を工みにした。年は十八で、京に赴いて試に応じた。途中一つの山を経ると、一つの道観を見て、入って憩った。一人の女子を見ると、年は十六、七歳...
鴛鴦
羅子浮は字を去塵といい、江南の人である。少ない頃から聡慧で、詩賦を善くした。年は二十で、京に赴いて試に応じた。途中一つの湖を経ると、湖中に鴛鴦が双棲しているのを見た。羅生はこれを愛し、僕に舟を泛べて近...
辛十四娘
馮生は字を子美といい、済南の人である。少ない頃から聡慧で、詩賦を工みにした。年は十九で、京に赴いて試に応じた。途中一つの村を経て、旅舎に投宿した。夜半、隔壁に女子の歌声があり、清婉で人を動かすのを聞い...
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