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屍変(死女)

注釈 15
372
原文字数
975
訳文字数
15
注釈数
~3
読了時間

📖日本語訳

沈麟生の云うには、その友人の或る翁が、夏のある日、昼寝をしていた。朦朧とした間、一人の女子が簾をかき分けて入って来るのを見た。白布で頭を包み、喪服(縗服)に麻の裙(スカート)をはき、奥の部屋へと向かって行った。(翁は)隣家の婦人が妻(内人)を訪ねに来たのかと疑ったが、また考えを巡らせて、どうして急に喪服で人の家に入ってくるのだろうかと不思議に思った。まさに当惑していると、女はすでに出て来た。
よくよく見ると、年は三十余り、顔色は黄ばんで腫れ、眉と目はひどく憂いに沈んだ様子で、その神情は恐ろしかった。女はまた躊躇いながら去らず、次第に寝台に近づいて来る。そこで(翁は)眠ったふりをして、その成り行きを見ることにした。
間もなく、女は衣をからげて寝台に登り、腹の上に乗った。その重さは百鈞(非常に重い)ほどに感じられた。心中ははっきりとしていたが、手を上げようとしても、手は縛られたようであり、足を上げようとしても、足は萎えたようで動かない。急いで叫んで助けを求めようとしたが、苦しいことに声が出ない。女は口づら(喙)で翁の顔を嗅ぎ、頬骨、鼻、眉、額と、ほとんど全てを嗅ぎ回った。その口づらは氷のように冷たく、吐息は骨の髄まで寒く染み透るようだった。
翁は困り果てた中で、一計を思いついた。嗅ぎ回られて顎(頤頬)に及んだら、その瞬間に思い切り嚙みついてやろうと。ほどなく、果たして顎まで来た。翁は勢いに乗じてその頬骨に食い込み、歯は肉にめり込んだ。女は痛みに耐えきれず身を離し、もがきながら泣き叫んだ。翁はますます力いっぱい食いしばった。ただ、血潮が互いの顎から流れ出て、枕元にぬるりと流れるのを感じるばかりだった。
押し問答の真っ最中、庭の外で突然、妻(夫人)の声が聞こえた。翁が急いで「鬼がいる!」と叫んだ瞬間、ほんの一瞬力が緩んだ隙に、女は飄(ひょう)ひょうとして逃げ去ってしまった。
妻が駆け込んできたが、何も見えない。彼女は翁が悪夢(魘夢)にうなされたのだと笑って取り合わなかった。翁はこの怪異を詳しく話し、しかも血の証拠があると言った。一緒に調べてみると、屋根漏りの水のように、枕と敷布にまで流れ広がっていた。身をかがめて嗅いでみると、異常なほどの生臭い悪臭がした。翁はそこでひどく嘔吐した。数日が過ぎても、口の中にはまだ余臭が残っていたという。

📝注釈

白布裹首(はくふ かしゅ)

「白布で頭を包む」。中国の喪礼で、死者や遺族が着用する習俗。

縗服麻裙(さいふく まぐん)

「縗服」は粗末な麻布で作った喪服(特に最も重い「斬衰」)。「麻裙」は麻の喪用スカート。共に最重喪服の一部で、女の「死者」としての正体を強く暗示。

眉目蹙蹙然(びもく しゅくしゅくぜん)

「眉と目がひどく愁い沈んだ様子」。苦痛や憂いに満ちた表情。

逡巡(しゅんじゅん)

「躊躇い、ためらうこと」。女が不気味に居座る様子。

如百钧重(ひゃっきん の おもさ のごとし)

「百鈞(約1500kg)のように重い」。非常な重圧の比喩。

手如缚,足如痿(て しばかる がごとく、あし い のごとし)

「手は縛られたよう、足は萎えたよう」。金縛り状態の生々しい描写。

喙(くちばし / かい)

本来は鳥獣の口。ここでは女の冷たく非人間的な口を強調。

气寒透骨(き かん とうこつ)

「吐息の冷気が骨まで透り通る」。女の吐く息が生者のものでない、墓場のような冷たさ。

龁(こつ)

「嚙みつく」。翁が唯一とった積極的反撃。

血液交颐(けつえき こうい)

「血が互いの顎から流れ出る」。激しい近接戦の生々しさ。

飘忽遁去(ひょうこつ とんきょ)

「飄(ひょう)ひょうとして逃げ去る」。鬼が幻のように消え去る様子。

魇梦之诬(えんむ の ぶ)

「悪夢(魔に押さされる夢)の妄想だ」。妻の合理的解釈。現実世界の常識的代表。

流浃枕席(りゅうしょう ちんせき)

「(血が)枕と敷布にまで流れ広がる」。怪異が現実に残した物理的証拠。これにより単なる夢では片付けられない。

腥臭异常(せいしゅう いじょう)

「生臭い悪臭が異常」。死臭や腐敗臭を連想させ、女の正体を最後まで匂いで印象づける。

口中尚有余臭(こうちゅう なお よしゅう あり)

「口の中にまだ余臭が残る」。怪異体験が肉体に刻まれた痕跡。数日続く「余臭」は、体験の生々しさと精神的後遺症を象徴。

📜原文

沈麟生云:其友某翁者,夏月昼寝,朦胧间,见一女子搴帘入,以白布裹首,縗服麻裙,向内室去,疑邻妇访内人者;又转念,何遽以凶服入人家?正自皇惑,女子已出。细审之,年可三十余,颜色黄肿,眉目蹙蹙然,神情可畏。又逡巡不去,渐逼近榻。遂伪睡,以观其变。无何,女子摄衣登床,压腹上,觉如百钧重。心虽了了,而举其手,手如缚;举其足,足如痿也。急欲号救,而苦不能声。女子以喙嗅翁面,颧鼻眉额殆遍。觉喙冷如冰,气寒透骨。翁窘急中,思得计:待嗅至颐颊,当即因而啮之。未几,果及颐。翁乘势力龁其颧,齿没于肉。女负痛身离,且挣且啼。翁龁益力。但觉血液交颐,湿流枕畔。相持正苦,庭外忽闻夫人声,急呼有鬼,一缓颊而女子已飘忽遁去。夫人奔入,无所见,笑其魇梦之诬。翁述其异,且言有血证焉。相与检视,如屋漏之水,流浃枕席。伏而嗅之,腥臭异常。翁乃大吐。过数日,口中尚有余臭云。