王六郎
📖日本語訳
ある夜、一人で酒を飲んでいると、一人の少年が現れ、その傍らを徘徊していた。(許は)酒を勧めると、少年は気軽に応じ、一緒に飲んだ。しかしその夜は終夜、一匹も魚が獲れず、気分はすっかり萎えていた。すると少年が立ち上がり言った。「下流で、あなたのために魚を追い立ててきましょう」。そう言うと飄然と去って行った。しばらくして戻り、「魚が大挙して来ました」と言った。果たして、パクパクという音が聞こえる。網を揚げると数匹獲れ、どれも一尺ほどある大きな魚だった。大喜びで感謝を述べた。帰ろうとして、魚を贈ろうとしたが、受け取らずに言った。「度々あなたの美酒に与り、こんなささやかなことで恩返しになったなどとは言えません。もしお見捨てなければ、いつもこうしていたいものです」。許が言った。「たった一晩一緒にしただけなのに、どうして『度々』などと?もしずっと来てくださるなら、これほど望ましいことはないが、ただ何もお返しできず申し訳ない」。姓字を尋ねると、答えた。「姓は王、字はありません。会った時は王六郎と呼んでください」。そうして別れた。
翌日、許は魚を売り、さらに利益を得て酒を買った。夕方、河岸に行くと、少年はすでに先にいて待っていた。そこで楽しく飲んだ。数杯飲むごとに、少年は許のために魚を追い立ててくれた。こうして半年ほど過ぎたある日、少年は突然、許に告げた。「清らかなお顔を知り、親しくして、情は骨肉の仲にも勝ります。しかし、もうすぐお別れの時が来てしまいました」。言葉はとても悲しげだった。驚いて尋ねると、言おうとしてまた止めることを二度ほど繰り返し、ようやく言った。「私たち二人のように仲が良い者同士なら、言っても驚かないでしょうね?今、別れようとしているので、はっきりお教えします。私は実は鬼なのです。普段から酒好きで、酔って溺れ死に、ここでもう数年になります。以前、あなたが他の人よりたくさん魚を獲れたのは、すべて私がこっそり追い立てて、あなたが酒を供えてくれたお礼をしたからです。明日、私の業(宿業)が満ち、身代わりが現れるので、生まれ変わりに行くのです。一緒にいられるのは今夜だけです。だから感慨無量なのです」。
許は最初、聞いてとても驚いた。しかし、親しく付き合って長いので、もう恐れることもなかった。そこで、彼もまた嘆息し、杯を注いで言った。「六郎、これを飲め。悲しむな。出会ってすぐに別れるのは、確かに悲しい。しかし、業が満ちて劫(苦しみ)から逃れられるのは、むしろ祝うべきことだ。悲しむのは筋違いだ」。そう言って、共に心ゆくまで飲んだ。そこで尋ねた。「身代わりはどんな者か?」(六郎が)答えた。「兄さんは河畔で見ていてください。正午頃、河を渡って溺れる女がいます。それがそうです」。村の鶏が鳴くのを聞くと、涙を流して別れた。
翌日、許は敬虔な気持ちで河辺にじっと立ち、その異変を見守った。果たして、婦人が赤ん坊を抱いて来て、河に落ちた。赤ん坊は岸に放り出され、手足をばたつかせて泣いた。婦人は何度も浮き沈みしたが、突然、水から滴り落ちながら岸につかまって這い上がり、地面に座り込んで少し休むと、赤ん坊を抱いてまっすぐ去って行った。
婦人が溺れかけた時、許は本当に耐えきれず、駆け寄って助けようと思った。しかし、これが六郎の身代わりなのだと考え直し、やめて救わなかった。婦人が自分で這い上がったので、六郎の言葉が当たらないのかと思った。
夕方、いつもの場所で漁をしていると、少年がまた現れ、言った。「今また会えました。もう別れのことは言いません」。その訳を尋ねると、言った。「あの女は確かに私の身代わりになってくれました。しかし、私は彼女が抱いている赤ん坊が不憫で、私一人の身代わりに二つの命を絶たせるわけにはいかないと思い、彼女を見逃しました。次の身代わりがいつ現れるか分かりません。あるいは、私たち二人の縁はまだ尽きていないのでしょうか?」。許は感嘆して言った。「これは仁者の心です。きっと天帝に通じたことでしょう」。
それから二人の付き合いは以前のようになった。数日後、また別れを告げに来た。許はまた身代わりが現れたのかと思った。(六郎は)言った。「違います。前回のあの一瞬の哀れむ心が、果たして天帝に届いたのです。今、招遠県の邬鎮(うちん)の土地神に任じられ、明日赴任します。もし古い友情を忘れなければ、一度訪ねてきてください。遠く険しい道を厭わずに」。許は祝って言った。「あなたが正直者ゆえに神となられたのは、人の心をとても慰めることです。しかし、人と神では道が隔たっています。たとえ道の遠さ険しさを厭わなくても、どうやって会えるでしょう?」少年は言った。「ただ来てください。心配は要りません」。二度三度と叮嚀に言い残して去った。
許は帰ると、すぐに旅装を整えて東へ下ることにした。妻は笑って言った。「そこまで数百里もある。その場所があったとしても、土偶(土地神の像)と話せるはずがないでしょう」。許は聞き入れず、ついに招遠に着いた。土地の人に尋ねると、確かに邬鎮という所があった。その場所に探し当て、旅籠で一息つき、祠の場所を尋ねた。
主人は驚いて言った。「もしかして、お客様は許というお姓ではありませんか?」「そうです。どうしてご存知ですか?」「もしかして、お国は淄川ではありませんか?」「そうです。どうしてご存知ですか?」主人は答えず、急いで出て行った。間もなく、夫が子を抱き、嫁や娘が戸口から覗き、ごった返しながら来て、壁のように取り囲んだ。許はますます驚いた。
人々は告げた。「数夜前、神様が夢でおっしゃいました。『淄川の許という友がすぐに来る。旅費の足しにしてやれ』と。ずっとお待ちしていたのです」。許も不思議に思い、そこで祠に行き祭って祈った。「お別れしてから、目を覚ましていても寝ていても、あなたのことが心から離れず、昔の約束を果たすために遠くまで来ました。また、夢でここの人々にお告げくださり、心に深く感謝しています。恥ずかしいことに、まともな供え物もなく、ただ杯一杯の酒だけです。もしお見捨てなければ、あの河辺での飲みのようにしてください」。祈りを終え、紙銭を焼いた。すると間もなく、座った後ろから風が起こり、くるくる回ってしばらくして、やっと散じた。
夜になると、夢の中で少年が来た。衣冠はきちんとし、普段とは大きく違っていた。(少年は)礼を言った。「はるばる訪ねてきてくれて、嬉し涙が一緒にこみ上げます。しかし、小さな職務に就いたばかりで、面と向かって会うわけにはいきません。目と鼻の先なのに山河のように隔たっていることが、とても悲しいです。土地の人々が少しばかり贈り物をしますが、昔からの親しい交わりへのほんの気持ちです。帰る日が決まったら、また見送りに行きます」。
数日滞在し、許は帰ろうとした。人々は親切に引き留め、朝から晩まで招待し、一日に数件の主が代わった。許は固辞してどうしても行くと主張した。人々ははがきを書き贈り物を包み、争うように餞別を贈り、朝のうちに、贈り物は袋いっぱいになった。老人も子供も皆集まり、村まで送り出した。すると突然、羊角(つむじ)風が起こり、十余里も付いて来た。
許は二度拝礼して言った。「六郎、お元気で。これ以上遠くまで送ってくださるには及びません。あなたのお心は仁愛に満ち、自らこの地方に福をもたらすでしょう。古い友人からの言葉も要りません」。風はしばらくの間、上空を旋回し、それから去った。村人もまた驚き嘆きながら帰った。
許は帰ると、家は少し裕福になり、もう漁をしなかった。後で招遠の人に会って尋ねると、その霊験は響くようにあらたかだと言う。ある人は言う、即ち章丘の石坑庄だと。どちらが正しいかはわからない。
📝注釈
淄(し)
山東省淄川
大司寇(だいしこう)
清代の「刑部尚書」に相当する高官。
招遠県邬鎮(しょうえんけん うちん)
山東省招遠市にある町。土地神の任地。
土地(とち)
村や町の守護神。土地神、あるいは祠そのものを指す。
酹酒(るいしゅ)
「地面や川に酒を注いで神や鬼に捧げる」。供儀の一種。
業満(ごうまん)
「宿業が満ちる」。前世の行いによる苦しみの期間が終わる。
劫脱(こうだつ)
「劫(苦難の期間)から逃れる」。
投生(とうしょう)
「生まれ変わる」。
土地神(とちしん)
特定の地域を守護する神格。道教・民間信仰において重要な存在。
清揚(せいよう
「清らかで立派な容貌」への敬称。相手の顔を称える言葉。
情逾骨肉(じょう こつにく に こ)
「情愛が肉親以上である」。
亭午(ていご)
「正午」。
一念恻隐(いちねん そくいん)
「一瞬の哀れむ心」。孟子の「惻隠の心」に基づく。
人神路隔(じんしん ろかく)
「人と神とは道が隔たっている」。
修阻(しゅうそ)
「道のりが遠くて険しい」。
資斧(しふ)
「旅費」。
感篆中怀(かんてん ちゅうかい)
「感謝の気持ちが心深くに刻まれる」。
腆物(てんぶつ)
「厚い(立派な)贈り物」。
羊角風(ようかくふう)
「つむじ風」。竜巻のような風。神の気配や異変を象徴する。
「置身青云,无忘贫贱」
異史氏の評論の中核。「高い地位にあっても、貧しかった頃を忘れない」。これこそが王六郎を「神」たらしめる理由であると説く。対照的に、現実の「貴介」(身分の高い人)は「戴笠人」(笠を被った庶民)を見下すと批判する。
📜原文
許姓,家淄之北郭,業漁。每夜,攜酒河上,飲且漁。飲則酹酒於地,祝雲:“河中溺鬼得飲。”以為常。他人漁,迄無所獲,而許獨滿筐。
一夕,方獨酌,有少年來,徘徊其側。讓之飲,慨與同酌。既而終夜不獲一魚,意頗失。少年起曰:“請於下流為君驅之。”遂飄然去。少間,復返,曰:“魚大至矣。”果聞唼呷有聲。舉網而得數頭,皆盈尺。喜極,申謝。欲歸,贈以魚,不受,曰:“屢叨佳醞,區區何足雲報。如不棄,要當以為常耳。”許曰:“方共一夕,何言屢也?如肯永顧,誠所甚願,但愧無以為情。”詢其姓字,曰:“姓王,無字,相見可呼王六郎。”遂別。明日,許貨魚。益利,沾酒。晚至河干,少年已先在,遂與歡飲。飲數杯,輒為許驅魚。如是半載,忽告許曰:“拜識清揚,情逾骨肉。然相別有日矣。”語甚悽楚。驚問之。欲言而止者再,乃曰:“情好如吾兩人,言之或勿訝耶?今將別,無妨明告:我實鬼也。素嗜酒,沉醉溺死,數年於此矣。前君之獲魚,獨勝於他人者,皆僕之暗驅,以報酹奠耳。明日業滿,當有代者,將往投生。相聚只今夕,故不能無感。”許初聞甚駭;然親狎既久,不復恐怖。因亦欷歔,酌而言曰:“六郎飲此,勿戚也。相見遽違,良足悲惻。然業滿劫脫,正宜相賀,悲乃不倫。”遂與暢飲。因問:“代者何人?”曰:“兄於河畔視之,亭午,有女子渡河而溺者,是也。”聽村雞既唱,灑涕而別。明日,敬伺河邊,以覘其異。果有婦人抱嬰兒來,及河而墮。兒拋岸上,揚手擲足而啼。婦沉浮者屢矣,忽淋淋攀岸以出,藉地少息,抱兒徑去。當婦溺時,意良不忍,思欲奔救;轉念是所以代六郎者,故止不救。及婦自出,疑其言不驗。抵暮,漁舊處,少年復至,曰:“今又聚首,且不言別矣。”問其故。曰:“女子已相代矣;僕憐其抱中兒,代弟一人,遂殘二命,故舍之。更代不知何期。或吾兩人之緣未盡耶?”許感嘆曰:“此仁人之心,可以通上帝矣。”由此相聚如初。數日,又來告別。許疑其復有代者。曰:“非也。前一念惻隱,果達帝矣。今授為招遠縣鄔鎮土地,來日赴任。倘不忘故交,當一往探,勿憚修阻。”許賀曰:“君正直為神,甚慰人心。但人神路隔,即不憚修阻,將復如何?”少年曰:“但往,勿慮。”再三叮嚀而去。許歸,即欲制裝東下。妻笑曰:“此去數百里,即有其地,恐土偶不可以共語。”許不聽,竟抵招遠。問之居人,果有鄔鎮。尋至其處,息肩逆旅,問祠所在。主人驚曰:“得無客姓為許?”許曰:“然。何見知?”又曰:“得勿客邑為淄?”曰:“然。何見知?”主人不答,遽出。俄而丈夫抱子,媳女窺門,雜沓而來,環如牆堵。許益驚。眾乃告曰:“數夜前,夢神言:淄川許友當即來,可助一資斧。祗候已久。”許亦異之,乃往祭於祠而祝曰:“別君後,寤寐不去心,遠踐曩約。又蒙夢示居人,感篆中懷。愧無腆物,僅有卮酒,如不棄,當如河上之飲。”祝畢,焚錢紙。俄見風起座後,旋轉移時,始散。至夜,夢少年來,衣冠楚楚,大異平時,謝曰:“遠勞顧問,喜淚交併。但任微職,不便會面,咫尺河山,甚愴於懷。居人薄有所贈,聊酬夙好。歸如有期,尚當走送。”居數日,許欲歸,眾留殷勤,朝請暮邀,日更數主。許堅辭欲行。眾乃折柬抱補,爭來致贐,不終朝,饋遺盈橐。蒼頭稚子畢集,祖送出村,欻有羊角風起,隨行十餘里。許再拜曰:“六郎珍重!勿勞遠涉。君心仁愛,自能造福一方,無庸故人囑也。”風盤旋久之,乃去。村人亦嗟訝而返。許歸,家稍裕,遂不復漁。後見招遠人問之,其靈應如響雲。或言:即章丘石坑莊。未知孰是。
異史氏曰:“置身青雲,無忘貧賤,此其所以神也。今日車中貴介,寧復識戴笠人哉?餘鄉有林下者,家綦貧。有童稚交,任肥秩,計投之必相周顧。竭力辦裝,奔涉千里,殊失所望;瀉囊貨騎,始得歸。其族弟甚諧,作月令嘲之雲:‘是月也,哥哥至,貂帽解,傘蓋不張,馬化為驢,靴始收聲。’念此可為一笑。”