長山の安翁
📖日本語訳
そこで戈(ほこ)を枕に野宿した。目が少し曇ったかと思うと、突然、人が蕎麦の根を踏む音がし、「ざくざく」 という音が響いた。不審な侵入者かと心配し、急いで頭を上げると、なんと大きな鬼で、丈は一丈(約3m)余りもあり、赤い髪に逆立った鬚(ひげ)、自分からすでに近い距離にいた。
大いに恐れ、他のことを考える暇もなく、躍り上がって猛然と起き、思い切りそれを突き刺した。鬼は雷のような声で鳴き、去っていった。再び来るのを恐れ、戈を担いで帰った。途中で小作人たちと出会い、見たことを告げ、しばらく行かないようにと戒めた。一同はあまり深く信じなかった。
翌日、脱穀場で麦を干していると、突然、空中から音が聞こえた。翁は驚いて言った。「鬼が来た!」 そして走り出し、一同も走った。しばらくして再び集まると、翁は弓や弩(いしゆみ)をたくさん用意して待つよう命じた。
別の日、果たして再び来た。数本の矢がいっせいに放たれると、怪物は恐れて逃げ去った。二、三日はついに再び来なかった。
麦はすでに倉に納められ、藁くずがごちゃごちゃと散らかっていた。翁はそれを集めて山積みにし、自ら登り踏み固めるよう命じた。高さは数尺にもなった。
突然、遠くを望んで驚いて言った。「鬼が来た!」 一同が急いで弓矢を探していると、怪物はすでに翁に向かって走り寄っていた。翁は倒れ、怪物はその額を噛みちぎって去っていった。一同が登って見ると、額の骨が掌ほどの大きさで失われ、翁は人事不省となっていた。家に担ぎ帰ったが、そのまま息を引き取った。
その後、怪物は二度と現れなかった。どのような怪しいものだったかはわからない。
📝注釈
操农功(そうのうこう)
「農作業を行う」。人物の基本的性格と生活を示す。
荞(きょう)
「蕎麦」。秋の収穫物。
刈堆陇畔(ばい たい ろうはん)
「刈り取り、畦(あぜ)の畔(くろ)に積み上げる」。
佃人(でんにん)
「小作人、耕作に従事する者」。
登场(とうじょう)
「脱穀場へ運び上げる」。
高丈余(こう じょう よ)
「高さ一丈(約3m)余り」。その巨躯を具体的に示す。
赤发鬡须(せきはつ どうしゅ)
「赤い髪に逆立った鬚」。恐ろしい外見。「鬡」(どう) は「髪やひげが逆立つさま」。
咋咋作响(さくさく さくおう)
「ざくざくという音を立てる」。荞麦の根を踏む乾いた音の擬音語。
鬼鸣如雷(き めい らい のごとし)
「鬼が雷のように鳴く」。怪物の咆哮の轟音。
枕戈露卧(ちんか ろが)
「戈を枕に野宿する」。武器を傍らに置き、野外で警戒する様子。
踊身暴起(ようしん ぼうき)
「躍り上がって猛然と起き上がる」。驚きと決断からの迅速な行動。
狠刺之(こん し これ)
「思い切りそれを突き刺す」。
荷戈而归(かか にかえ)
「戈を担いで帰る」。
龁其额(ごつ そのがく)
「その額を噛みちぎる」。この物語で最も生々しく残酷な描写。動詞 「龁」(ごつ) は「嚙みつく」の意。
去额骨如掌(きょがっこつ しょう のごとし)
「額の骨が掌ほどの大きさで失われる」。致命傷の具体的な描写。
昏不知人(こん ちじん)
「昏倒し、人を識別できない」。瀕死の状態。
不知其为何怪(その なんのけ たるを しらず)
「どのような怪しいものだったかわからない」。物語を不可解なまま終わらせる、『聊斎志異』らしい結び。鬼の正体も目的も不明のまま、人間の無力さと運命の不条理を印象づける。
📜原文
长山安翁者,性喜操农功。秋间荞熟,刈堆陇畔。时近村有盗稼者,因命佃人,乘月辇运登场;俟其装载归,而自留逻守。遂枕戈露卧。目稍瞑,忽闻有人践荞根,咋咋作响。心疑暴客,急举首,则一大鬼,高丈余,赤发鬡须,去身已近。大怖,不遑他计,踊身暴起,狠刺之。鬼鸣如雷而逝。恐其复来,荷戈而归。迎佃人于途,告以所见,且戒勿往。众未深信。越日,曝麦于场,忽闻空际有声。翁骇曰:“鬼物来矣!”乃奔,众亦奔。移时复聚,翁命多设弓弩以俟之。异日,果复来,数矢齐发,物惧而遁。二三日竟不复来。麦既登仓,禾(艹黠)杂遝,翁命收积为垛,而亲登践实之,高至数尺。忽遥望骇曰:“鬼物至矣!”众急觅弓矢,物已奔翁。翁仆,龁其额而去。共登视,则去额骨如掌,昏不知人。负至家中,遂卒。后不复见。不知其为何怪也。