種梨
📖日本語訳
道士は言った。「一車に数百個も載せておきながら、この老いぼれはただ一つ請うているだけです。居士(あなた)にもさほどの損はないでしょうに、どうしてそんなにお怒りですか?」
見物人が、悪いのを一つ上げて追い払うよう勧めたが、田舎者は頑として承知しなかった。
店先で働いていた者が、喧噪がひどくてかなわないと思い、金を出して一つ買い、道士に渡した。道士は礼を言うと、衆人に向かって言った。「出家の者はけちけちすることを知りません。私にも良い梨があります。どうぞ皆さんにご馳走しましょう」。ある者が言った。「それなら、なぜ自分で食べないのですか?」「私は特にこの種を必要としているのです」。そう言って、梨を両手で包みながら食べ始めた。食べ終わると、種を手に取り、肩にかけていた鑱(さん:大きな鍬)を解き、地面に数寸の穴を掘って種を埋め、土をかぶせた。そして町の人々に湯を求めてかけるよう頼んだ。
好事家が通り沿いの店から沸騰した湯をもらいに行くと、道士はそれを受け取って穴の上に注いだ。万の目が一点に注がれる中、かすかに芽が出て、次第に大きくなるのが見えた。やがて木になり、枝葉は生い茂った。たちまち花が咲き、たちまち実がなり、大きく芳しい実が累累と木いっぱいになった。
道士はそこで木の上から摘み取って見物人に与え、あっという間に無くなってしまった。その後、鑱で木を伐り始め、丁丁(ちょうちょう)と長い間音を立てて、ようやく切り倒した。葉をつけたまま肩に担ぎ、悠々とゆっくり歩いて去って行った。
最初、道士が術を行っている時、田舎者も雑然と立つ人々の中に混じって、首を長くして見入り、すっかり自分の商売を忘れていた。道士が去ってから、初めて車の中を顧みると、梨はすでに空っぽで、さっきあちこちに配られていたものが、すべて自分の物だったと悟った。さらに細かく車を見ると、一本の轅(ながえ:車の柄)がなくなっており、それは新たに削ぎ落とされたものだった。心中、ひどく憤り悔しがった。急いで跡を追い、壁の角を曲がると、折れた轅が塀の下に捨てられていた。そこで、伐り倒した梨の木の元が、まさにこの物だったことを知った。道士はどこへ行ったかわからない。町中が大笑いした。
異史氏曰く
「田舎者はぼんやりしていて、愚かな様子が手に取るようだ。町の人々に笑われるのも当然であろう。いつも、郷里で『昔から豊かだ』と称する者を見るが、良き友が米を乞えば不機嫌になり、『これは数日分の食糧だ』と計算する。あるいは、ある危難を救い、一人の孤独な者に飯を与えるよう勧めれば、また憤然とし、『これは十人、五人分の食料だ』と計算する。甚だしきは、父子兄弟の間で、錙銢(ししゅ:ごくわずかな金銭)までも計算し尽くす。ところが、淫蕩や博打に心を奪われると、たちまち財布を空にしても惜しまない。刀鋸が首に迫ると、命を贖うのに慌てふためく。このような類いは、まさに数えきれない。愚かなる田舎者め、また何を怪しむことがあろうか。」
📝注釈
郷人(きょうじん)
田舎者。ここでは梨売り。都会の人間に対して、世間知らずでけちな人物として描かれる。
道士(どうし)
道教の修行者。民間ではしばしば幻術や仙術を使う者として描かれる。
居士(こじ)
在俗の仏教信者に対する敬称。ここでは道士が梨売りを(やや皮肉を込めて)呼ぶ言葉。
傭保者(ようほしゃ)
「店先で雇われて働く者」。給仕や小間使い。
鑱(さん)
先の曲がった大きな鍬(くわ)や斧。土木工具。
轅(ながえ)
車の前方に突き出た二本の長い柄。牛馬をつなぎ、また押したり支えたりする部分。
坎地(かんち)
「地面に穴を掘る」。
掬梨啖(きゅうり たん)
「梨を両手ですくい取り食べる」。
丁丁(ちょうちょう)
「トントン」「コツコツ」と木材を伐る音の擬音語。
出家人(しゅっけにん)
出家の者(僧侶・道士)。世俗の財物への執着を離れているべきという思想。
素豊(そほう)
「以前から豊かである」。ここでは成金ではなく、昔からの資産家というニュアンス。
錙銢(ししゅ)
古代中国の極めて小さな重量・貨幣単位。「錙」は6銖、「銖」は24分の1両。ごくわずかな金銭のたとえ。
淫博(いんばく)
「みだらな遊びと博打」。
万目攒视(ばんもく さんし)
「万の目が一か所に集まって見つめる」。群衆の好奇の目。
勾萌(こうほう)
草木の芽がかぎ形に出始めたもの。
枝叶扶苏(しよう ふそ)
「枝葉が生い茂るさま」。
碩大芳馥(せきだい ほうふく)
「大きく立派で、かぐわしく香る」。
一市粲然(いっし さんぜん)
「町中がにっこり笑う」。結末の、吝嗇家がひどい目に遭うのを見ての町人の笑い。故事的かつ教訓的な締めくくり。
📜原文
有鄉人貨梨於市,頗甘芳,價騰貴。有道士破巾絮衣,丐於車前。鄉人咄之,亦不去;鄉人怒,加以叱罵。道士曰:“一車數百顆,老衲止丐其一,於居士亦無亦大損,何怒為?”觀者勸置劣者一枚令去,鄉人執不肯。
肆中傭保者,見喋聒不堪,遂出錢市一枚,付道士。道士拜謝,謂眾曰:“出家人不解吝惜。我有佳梨,請出供客。”或曰:“既有之,何不自食?”曰:“我特需此核作種。”於是掬梨啖。且盡,把核於手,解肩上鑱,坎地深數寸,納之而覆以土。向市人索湯沃灌。好事者於臨路店索得沸沈,道士接浸坎上。萬目攢視,見有勾萌出,漸大;俄成樹,枝葉扶蘇;倏而花,倏而實,碩大芳馥,累累滿樹。道士乃即樹頭摘賜觀者,頃刻向盡。已,乃以鑱伐樹,丁丁良久,方斷。帶葉荷肩頭,從容徐步而去。
初,道士作法時,鄉人亦雜立眾中,引領注目,竟忘其業。道士既去,始顧車中,則梨已空矣,方悟適所亻表散,皆己物也。又細視車上一靶亡,是新鑿斷者。心大憤恨。急跡之,轉過牆隅,則斷靶棄垣下,始知所伐梨本,即是物也。道士不知所在。一市粲然。
異史氏曰:“鄉人憒憒,憨狀可掬,其見笑於市人,有以哉。每見鄉中稱素豐者,良朋乞米,則怫然,且計曰:‘是數日之資也。’或勸濟一危難,飯一煢獨,則又忿然,又計曰:‘此十人,五人之食也。’甚而父子兄弟,較盡錙銖。及至淫博迷心,則頃囊不吝;刀鋸臨頸,則贖命不遑。諸如此類,正不勝道,蠢爾鄉人,又何足怪。”